日刊連載小説「貝塚キッド」
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「濱崎さん、今何歳なん?」
磯臭いヨットハーバーの桟橋。ベテランの整備士二人が、ヨットのエンジン部分を弄りながら、与太話に華を咲かせていた。
「ああ、あの子な。たぶん、二十代中盤と違うか?」
「え?そんな歳いっとったか。なんやろ?就活うまくいかんかったんかな?」
「知らんがな。まあ、本人がいいなら、いいんとちゃうの?」
「まあ、そうかもしれんが。ただ、ここ最近ずっと不景気やがな。いい加減しっかりせんといけのと違うか?」
「それもそうやな」
二人の雑談を、順Pは黙って聞いていた。彼らの背後に佇みながら、息を殺して、下を俯きながら、頼まれて持ってきた道具箱を力強く握った。
(なんや。そんなのあんたらに関係ないやないか)
順Pの顔は、絶妙な影を帯びた。 「ただいま」
夕暮れ時、自宅に帰った順P。その挨拶は、あまりにもか細く、小さいもので、家族の誰もが反応しない。
暗い玄関を通り抜けて、リビングに出た。
「うわ。びっくりした。帰ったんなら、挨拶しいや」
台所で夕食の準備をしていた母は、いい歳ながらまともな職につかない順Pに冷たく当たる。
わかっとるがな、という順Pの小さな返事は、またも届かなかった。
順Pの目指す所は、リビングの角に設けた自分のパソコンルームである。ルームといったが、壁や扉はない。ただ、パソコンを置いた台と、赤い椅子が、窓際の一角に取り付けられただけである。
バイトで稼いだなけなしの小遣いをはたいて購入したこのパソコン。家族には、誰も手をつけないようにと注意している。
自分だけの物を、自分で用意した。そういう事実が、生まれてこの方二十六年の彼にとっては嬉しかった。なにせ、この歳になってまで、自室すら与えられなかった彼である。
パソコンを開いた彼にとって、母の
「順P!帰ったら手洗いとうがいしいや!」
という声は、全く耳に入らなかった。 (みとれや。俺はネット上で……)
その日の夜。順Pは意気込んでいた。
その意気込みの動力源は、昼間の雑談であろうか。
誰かは彼を憐れみ、誰かは彼を蔑んでいる。そういう自明の事実を、順Pは既に認めていた。
だからこそ、の意気込みである。
(俺は活躍してみせる……!)
うだつの上がらない日々を送る彼にとって、最近出てきたこの「インターネット」という手段は冒険以外の何物でもなかった。
そこで、必ず活躍する。その活躍が何を意味するかはわからないが、しかし、必ず今の憂鬱な日々を打ち壊す機会になる。
そう思うと、順Pは興奮した。
「おほー」
という謎に包まれた小さな奇声をちょっと上げて、顔を天井に向けた。
そして
(まずは、足場を固めんとな)
と、思い立ち、ミクシィで出身中学コミュニティへ潜り込んだ。
(ブラスバンド部の部員として楽しんだ中学校……!ここなら俺を送り出してくれる……!)
順Pは、カタカタとコミュニティにメッセージを打ち込む。タイピングは、どれほどやっても、未だなれない。
ようやく打ち込んだ。
(ちょっとお笑いも入れたで)
彼の自信に溢れたメッセージはこうであった。
~はじめましてでい!浜ちゃんでい!26歳なんです。クラブはブラバンを3年間続けましたぞ。よろでやんす~ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています