晋の安帝のとき、侯官県の人謝端は幼くして両親を亡くし、親戚もいなかった。隣人に養われ、十七、八歳になったが、恭しく身を慎み、道に外れたことはしなかった。その後隣人の家を出て独立したが、妻はいなかった。隣人たちは皆不憫に思い、嫁をもらってやろうと画策したが、まだ果たせずにいた。
端は、夜遅く寝て朝早く起き、一生懸命農作業に励んだ。

ある時、村の中で一つの大きな田螺(タニシ)を見つけた。壺ほどの大きさなので、珍しいものだと思って持ち帰り、かめの中に入れておいた。飼育すること十数日、端が仕事から帰ってくると、いつも食事の用意ができていて湯も沸いていて、だれかが世話をしてくれたようであった。