0001風吹けば名無し
2022/04/21(木) 09:40:22.56ID:Yh7cqGIe0あぁ、君のことが好きなんだと、何度も知った。冗談っぽく好きだよって言うと、君は知ってる、っていいながら笑った。笑われることなんかわかってるはずなんだけど、笑ってほしくて何度も言った。
ぼくはあとどれくらい君に好きだって言えるんだろう。自分の顔が赤くなっているのを理解しながら、あと何回気持ちを伝えられるのだろう。
それがわかったのは、今年初めて雪が降った日のことだった。
あと5日だと、彼女を診察する男は言った。
ぼくは泣きながら彼女に謝った。ごめんごめんって。ぼくはあと5日間しかアスカの側にいれないって、たった120時間しか君に好きだって言えないんだって。でもアスカはバカだから、あと120時間もでしょ、っていつもみたいにぼくを慰める。
いつだってそうだ。
ぼくが泣いて、彼女が大丈夫だよって手を握ってくれる。笑ってくれる。
そんなの卑怯だ。
そうやって、ぼくのために笑うのなんて卑怯だ。
ガリガリに細くなってしまった右手をぼくは上から包み込んだ。昔より冷えてしまう指にありったけの熱を奪われながら、いつまでもいつまでもこうしていたいと願った。
ぼくがアスカに告白するようになったのは、アスカが死ぬと分かってからだ。いつものようにいつの間にかとなりに座っている彼女が、病院のベットで寝るようになってから。それも、残りどれくらい生きれるか、どれぐらいで死ぬのか目処がたつくらいの、それぐらいギリギリまで、ぼくはいままで持っていた気持ちを知らなかった。
だからアスカは、初めてのぼくの告白を笑った。すごく不快だったのを覚えてる。
ぼくなりの思いの丈を、二文字で表すという強引なやりかたは間違っていたのだと思う。ほんとうはプレゼントなんか用意して、美味しい夜景が見えるレストランを予約して、お酒が回ってくるタイミングで、つもりに積もった長尺の思いを語るべきなんだろうけど、君は動けないし、ぼくは金がない。
だから、彼女に伝えたのは、いまぼくができる誠一杯のもの。最大限最大級の二文字。顔から火を吹き、手には汗を滲ませる。
そんなぼくを彼女が笑ったのだから、不快にだって、なるもんだ。
彼女は口を大きく開けて、大笑いしながら、頬に涙が流れた。笑いすぎだよ、そんなに面白かったの? と嫌みを小さな声で言った。
ちがうちがうよ。すごく嬉しくてね。わかってはいたんだけど、まさか聞けるなんてね。あぁー病気になったかいがあったなぁ。毎日つらいことだらけだけど、いまは違うなぁ。
両手で隠した顔からは、大粒の涙が溢れていた。
なんでもっと早く言わなかったんだろう、なんでアスカはもっと早く言えって言わなかったんだろう。
遅かったことを一人で後悔していたら、彼女は違うよ、とまるで見透かすようにいった。
きっと病気が私たちを恋人にしてくれたんだよって。
この気持ちになるために、私のいままではあったんだ。
彼女の涙は、いつの間にかぼくの涙になっていた。
目を真っ赤にしながら、私たちが大人になるまで続きはしないからね、と彼女はいらずらっぽく舌をだして笑う。
君が大人になるまで。
ぼくが大人になるまで。
手を握り、握られながら約束をした。