いい天気ね、と彼女はいった。いつも通りのぼやくような口癖は、僕に話しているのか、空に話しかけているのか、ふわふわと病室に消えていく。ボクに話しかけているの、と何度も聞こうと思ったけれど、その美しい髪の毛とお茶目な笑顔に、疑問もいつか白い息として忘れられていった。
 あぁ、君のことが好きなんだと、何度も知った。冗談っぽく好きだよって言うと、君は知ってる、っていいながら笑った。笑われることなんかわかってるはずなんだけど、笑ってほしくて何度も言った。
 ぼくはあとどれくらい君に好きだって言えるんだろう。自分の顔が赤くなっているのを理解しながら、あと何回気持ちを伝えられるのだろう。
 それがわかったのは、今年初めて雪が降った日のことだった。
 あと5日だと、彼女を診察する男は言った。
 ぼくは泣きながら彼女に謝った。ごめんごめんって。ぼくはあと5日間しかアスカの側にいれないって、たった120時間しか君に好きだって言えないんだって。でもアスカはバカだから、あと120時間もでしょ、っていつもみたいにぼくを慰める。
 いつだってそうだ。
 ぼくが泣いて、彼女が大丈夫だよって手を握ってくれる。笑ってくれる。
 そんなの卑怯だ。
 そうやって、ぼくのために笑うのなんて卑怯だ。
 ガリガリに細くなってしまった右手をぼくは上から包み込んだ。昔より冷えてしまう指にありったけの熱を奪われながら、いつまでもいつまでもこうしていたいと願った。
 ぼくがアスカに告白するようになったのは、アスカが死ぬと分かってからだ。いつものようにいつの間にかとなりに座っている彼女が、病院のベットで寝るようになってから。それも、残りどれくらい生きれるか、どれぐらいで死ぬのか目処がたつくらいの、それぐらいギリギリまで、ぼくはいままで持っていた気持ちを知らなかった。
 だからアスカは、初めてのぼくの告白を笑った。すごく不快だったのを覚えてる。
 ぼくなりの思いの丈を、二文字で表すという強引なやりかたは間違っていたのだと思う。ほんとうはプレゼントなんか用意して、美味しい夜景が見えるレストランを予約して、お酒が回ってくるタイミングで、つもりに積もった長尺の思いを語るべきなんだろうけど、君は動けないし、ぼくは金がない。
 だから、彼女に伝えたのは、いまぼくができる誠一杯のもの。最大限最大級の二文字。顔から火を吹き、手には汗を滲ませる。
 そんなぼくを彼女が笑ったのだから、不快にだって、なるもんだ。
 彼女は口を大きく開けて、大笑いしながら、頬に涙が流れた。笑いすぎだよ、そんなに面白かったの? と嫌みを小さな声で言った。
ちがうちがうよ。すごく嬉しくてね。わかってはいたんだけど、まさか聞けるなんてね。あぁー病気になったかいがあったなぁ。毎日つらいことだらけだけど、いまは違うなぁ。
 両手で隠した顔からは、大粒の涙が溢れていた。
 なんでもっと早く言わなかったんだろう、なんでアスカはもっと早く言えって言わなかったんだろう。
 遅かったことを一人で後悔していたら、彼女は違うよ、とまるで見透かすようにいった。
きっと病気が私たちを恋人にしてくれたんだよって。
 この気持ちになるために、私のいままではあったんだ。
 彼女の涙は、いつの間にかぼくの涙になっていた。
 目を真っ赤にしながら、私たちが大人になるまで続きはしないからね、と彼女はいらずらっぽく舌をだして笑う。
 君が大人になるまで。
 ぼくが大人になるまで。
 手を握り、握られながら約束をした。