教 授「才能もない、努力もしない人たちがテレビの前で夢を見る。それがスポーツ」
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
吉村哲彦@pukuma
才能もない、努力もしない人たちがテレビの前で夢を見る。それが、スポーツ。 吉村哲彦@pukuma
テレビの前で他人の努力と才能に感動して、勇気と元気をもらったとか言ってるバカ。 みのるはん@to_shx
鳥肌が立ち、何か自分もできる、何かをやりたくなってきた という思いをそのような言葉で表現しているだけ。
そのような人のことをバカと表現するあなたとバカだとは思わない私。
吉村哲彦@pukuma
何か自分もできる、何かをやりたくなったと思うだけで、実際に実行する人がどれだけいるのか? 吉村哲彦@pukuma
なでしこなんて誰も興味もなかったはずなのに、今日勇気と元気と感動をもらったにわかファンの人たちが
ドヤ顔で「なでしこジャパン」を語る ひぐラシ@88HIGU
応援してる人がどんだけ努力してるかも知らないで…
吉村哲彦@pukuma
アイドルの追っかけと同じですね。笑 吉村哲彦@pukuma
どこかのスポーツチームが優勝しようと、スポーツ選手が活躍しようと、私には利害関係がないため、
スポーツに対して少しも興味が持てない。そういうことには時間を使いたくない。 人と違うこと言う教授かっけーw
話題に迎合しない教授かっけーw 吉村哲彦@pukuma
人間って痛いところを突かれると反論できないから怒るしかないんだよね。
吉村哲彦@pukuma
ツイッターはバカ発見器とはよく言ったものです。 吉村哲彦@pukuma
それは鑑賞。
RT @psukepp: 芸術は?
吉村哲彦@pukuma
それは娯楽。
RT @_nakim_: 恋愛ドラマは? 吉村哲彦@pukuma
テレビの前で他人の努力と才能に感動していただけの人たちが、日本の女性はやはり素晴らしいとドヤ顔で語り出す。 吉村哲彦@pukuma
他力本願の感動ってほんとに安っぽいと思う。自分の力で何かを達成して自分に感動するのとは桁違いだ。
私は体力というものが全くないのだけど、東南アジア最高峰のキナバル山の山頂まで死ぬ気で登った自分に感動した 中流と労働者階級をスポーツ狂いに追いやる動機はふたつある。 ひとつは、社会的には敗者の彼らが、勝者と一体感を味わう必要。
人差し指を立てて「俺たちゃ一番!」と小躍りして叫ぶことが彼らには必要なのだ。 あるホッケーの選手が言っている。
「プロスポーツの目的は絶対的に勝つことだ。 ぼくらは勝利を売っているんだ。日常生活では勝利を味わえないたくさんの人たちに勝利を売る。
お客は〈自分の〉チームに我を忘れる。つまり勝つチームと同じ気分になるわけだ」
この代理成功の魅力に加えて、スポーツが中流やその下の労働者階級にも人気があるのは、 知ったかぶり、独断、記録をとること、人の知らないちょっとした知識、
普通は「決断を下し」たり「管理し」たり「意見を形成する」階級に独占されている類いの似非学識を気取ることができるからである。
ワールドシリーズやスーパーボウルは、誰にでも退屈な博識者ぶる機会、一時的に立派な酒場の学者を演じる機会、短い期間だけ上位の階級の真似をして重大演説したり、
意見を披瀝する機会を与えてくれるのである。
言い換えれば、ワールドシリーズとスーパーボウルは、庶民がなにがしかの自尊心を取り戻すための、年二回廻ってくる無害無益の機会なのだ。
『階級(クラス)―「平等社会」アメリカのタブー』(ポール・ファッセル) 年収200万「がんばえー」
年収1億「応援ありがとうw」 ぶっちゃけ正論やろ
特に普段は全くサッカー見ないような層の人間にはこれが当てはまる
ただ時間を潰してるだけや 大した努力もしてない凡人が死ぬほど努力をしてプロになった人間に対し
「がんばれー」
草生えるwwww ちょっと論点違うかもしれんが強いチーム応援してるから自分達ファンも偉い、みたいな奴らガチうざい お前らが誹謗中傷してる野球選手なんて大抵は成功者なんやぞ?
ワイはそれに気づいてアホらしくなったわ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています