サンデルは、平等な競争に基づくものであっても能力主義は否定しなければならない理由を二つ挙げている。

一つめは、「能力主義は才能の道徳的恣意性を無視している」という点だ。能力主義の理想とは、生まれた家や育った環境などの条件の差を排除して、すべての人が競争の場において自分の才能を活かせることである。しかし、わたしたちは自分がどんな家に生まれてどんな環境で育つかを選ぶことはできないのと同様に、自分がどんな才能を持って生まれてくるかを選ぶこともできない。

二つめの批判は、能力主義が競争の勝者たちと敗者たちに抱かせる感情に関わるものだ。能力主義社会では、ある人がどれだけの収入を得ていたりどのような社会的地位についていたりするかは、その人の才能と努力の賜物であるとされる。勝者が高い収入を得ることも、敗者が低い社会的地位に甘んじることも、競争の結果として正当化されるのだ。

また、能力主義では「運」という要素が考慮に入れられないために、リスクを伴う選択がたまたま成功して勝者になったり、堅実に生きていたが予期せぬトラブルに見舞われて敗者になったりする、という事情は無視されてしまう。そのような社会では、ある人の社会的地位や所得がその人自身の価値を示す指標と見なされるようになるのだ。
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