子供に「産んでくれなんて頼んでない」と言われたときに言う言葉
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>>236
それは親の遺伝子と教育に問題があるんだよ 産んで育ててくれた事には感謝しとるがもうちょい産むの遅くしてほしかったわ
同じ歳の両親が20でアッネ産んで22でワイ産んだせいで金に余裕無さすぎた ぼくの娘が生まれたのは2005年です。当時は反出生主義という言葉はありませんでした。しかしそういう戸惑いはだれでもあり、むろんぼくにもありました。それでも娘ができたのは、べつにその問題を哲学的に乗り越えたからというのではなく「なんとなく」としか答えようがない。そしてそれが本質だと思います。
以下はぼく自身の経験としてではなく一般的な話として書きますが、そもそも子どもって欲しいからできるというものでもない。欲しいと思ってもできないことはあるし、逆に欲しくないと思ってもできることはある。また、子どもを幸せにしたいと努力したからといって、必ずしも子どもが幸せになるわけでもない。いくら努力しても子どもが不幸になることはあるし、逆に放置していても子どもが幸せになることもある。つまりは、「子どもを欲しいと思うこと」「子どもができること」「子どもを幸せにしたいと思うこと」「子どもが幸せになること」は、むろんつながってはいますが、しかしかなり独立した事象です。
だから、子どもを幸せにできないのではないか、だとしたらつくってはいけないのではないか、欲しいと思ってもいけないのではないか、と遡行して考える必要はありません。それは偽の問題です。親は「なんとなく」子どもをつくるしかない。だって、その結果なにが起きるかは、変数が多すぎてほとんどなにも予測できないのだから。子どもが生まれたあとなにが起きるかも、そもそもどんな子が生まれるかも、否、それ以前に生まれるかどうかもわからない。それでもつくるしかない。生まれた子のほうはそれを責任が伴う大きな決断だと考えるだろうし、たしかに彼/彼女はその行為がなければ存在しないのだからそう考えられてもしかたないのだけれど、じっさいには親からすればそもそも彼/彼女が存在するかどうかもわからずつくっているのだから、それは幻想にすぎません。
親は子を幸せにしたいと願うかもしれない。しかし子はそれとは「無関係に」幸せになったり不幸になったりし、しかもそれを親が原因だと思う。そしてまあ、おまえが原因だといわれれば、たしかに親なんだから責めは一身に負うしかない。その関係こそが、ぼくが親と子の、あるいはより一般に加害者と被害者の「非対称性」と呼んでいるものです。親になるということは、その非対称性を受け入れることです。子どもをつくるとはそういうことです。
つまり、考えてもわからないことについて、記憶と責任を引き受けるということです。あちこちでいっているように、ぼくは最近は親=加害者側から哲学を組み立てることに関心があります。「親」という言葉に反応して誤解も広がっていますが、それはべつに、みな子どもをつくるべきとかいった単純な主張ではない(というか、そんな主張をぼくがするわけがないと思うのだけど)。そうではなく、加害を恐れるなという主張です。人間は、子どもを作ろうと作らなかろうと、一定時間生きていればかならず親=加害者側に立たされることがある。それを恐れていてはなにもできない。そもそも生きることができない。哲学はその原点に立ち戻るべきだと、「政治的正しさ」に満ちたリベラルの言論界を見てつねづね考えています。そんなぼくからすれば、反出生主義は典型的な子=被害者側の哲学なわけですね。
──と、まあ、哲学的な回答はそんな感じですが、プロフィールをみると質問者の方は20代で男性。ぼくもむかし「20代の男性」だったのでなんとなくわかるのですが、その時期の男性、というといまやジェンダー的に問題かもしれないので「妊娠できない生殖器をもつ性自認が男性のひと」といったほうが正確かもしれませんが、とにかくそういうひとは、なんといっても妊娠するのは他者の身体なのでやたらと観念的に家族とか子どもとか考えがちで、きっとこの質問もそういう悩みのはてに投稿されているのだと思います(誤解かもしれませんが)。
しかし、じっさいに子どもができればわかりますが、現実はいささかも哲学的ではなく、まったく解釈の余地のない膨大な量の雑事がじゃんじゃかじゃんじゃか襲ってくるだけのたいへん唯物論的な経験です。子どもをつくり育てる可能性を検討するのであれば、じっさいに考えるべきは、反出生主義の乗り越えとかではなく、職場の近さとか家の広さとか保育園の当選確率とか親のサポートとか車の運転免許とか、あと金とか金とか金とかでしょう。(東浩紀) こんなに苦痛だらけの世界によく生もうと思うわな
非核的勝ち組に生まれても最後は基本病気で苦しんで死ぬのが定まっとるし 学生でもいじめ社会人でもいじめ
産まれない方が良い
タコピーなんか安易に希望持たせて終わったのがまさに原罪
いじめする奴は標的と対話なんかしない >>253
ある程度は生まれた子の行動で変えられる部分もあるけどな >>253
せやな
ぶっちゃけ家族内でもいじめあるし
幸せなんてどこにも無いのかも >>246
そもそもスレタイの言葉飛んでくる時点で家庭崩壊してる気がするで 産んでほしくなかったから自分は産まない
パートナーも同じ考え
こういう人多いんちゃうか ちなワイちゃん、裕福ではないが親に愛されたおかげで両親へは感謝しかない模様
人生も楽しい、別にイケメンでもないし貯金山ほどあるわけでもないけどな パッパとこれで喧嘩してから口聞かんようになって一人暮らし始めてからは顔も見てないわ
「じゃあ出てけ!」って言われた 死にたいなら死ねばいいじゃん
こう言ったら苦しみがあ!とか言う奴おるけど安楽死出来る薬なんて今時数万稼げば買えるで >>244
婚姻は選択肢のひとつというけど年収と比例してて結局金あるやつはほぼ結婚してる時点で貧乏人が結婚出来てないってだけやん
まるで世の中みんな自分の選択で今は未婚も増えましたみたいに言うてもおかしい >>226
他者の評価を一切気にしない人間の生きる意味ってなんや
高次元の欲求って基本的に他者の評価ありきの物やん
「人に愛される、尊敬される、なりたい自分になる」
どれもこれも叶うかどうかは自分の素養で決まるんや
高次の欲求を持つことすら許されない存在が幸せなわけない >>263
まぁ本気で死ぬより生きていく方が苦痛しかないと言うなら死ぬしかないわな
なるべく楽な死に方選ぶしかない ワイの子はまあまあイケメンやから良かったわ
金で恨まれることはあっても容姿で恨まれる事は無い >>263
ま?そんなん売ってるんか凄い時代になったな 結局血のつながりだけだしな
人として好きかどうかよ これ親が「産んでやったんだから感謝しろ」みたいなこと言わんと出ない発言だろ
そんなこと言う親死んだ方がいいわ >>270
んなわけない
容姿の良い芸能人はよく過去にいじめられてる >>266
高次の欲求って別にイケメンや金持ちしか達成できないわけやないし
会社なりに所属して仕事に真面目に向き合ってれば恋人としての愛情は向けられなくても信頼を得たり役職着いたりで欲求は満たせるやろ ヘリウムガスとかのこと言うてるならあれはExit bagの気密性が保てんで失敗するケースがまぁまぁ多いで 「すまんな、次はちゃんと育てるからお前は今日で終わりや」 >>251
そう思ってるのはお前がゴミやからやろ
子供産んでる奴は楽しいことの方が多いし産まれてよかったって思ってるんやで
この世は苦痛だらけなんて可哀想な人生やな >>263
そんな薬ないぞ
お上は死ぬまで働いて税金納めろと言っている うちは兄妹おったし大喧嘩してもこれ誰も言ったことないわ
もし他が当たりでお前だけが外れのカスなんやで言われたら返す言葉ないの全員気付いてたんやね >>284
そう思っちゃう感性とそう思わせてしまう環境どっちも悪いんかねぇ
ワイは辛いこともあるけど楽しいことも多いわ ワイ31やけど周りに反出生主義が〜人の人生とは〜うんたらかんたら垂れてずっと独りでおるやつおるわ 今は反出生主義っていう言葉に乗っかってこういうこと言いたがるやつ増えとるだけで
まあほんとにキツい奴もおるやろけど基本は甘えには違いない 結構親に愛されるj民おおいんやな
やけど自分の子を歩くサンドバックか家具の一種か何かと認識してる親もおることを知っといて欲しいわ >>280
勝手に意味わからん妄想してて草
ガイジかよお前 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています