モーリス・「モー」・バーグ(Morris "Moe" Berg、1902年3月2日 - 1972年5月29日)は、アメリカのプロ野球選手(捕手)。ボストン・レッドソックス、シカゴ・ホワイトソックス等に所属した。同時に日本の地形を写真に収めて、アメリカに提供したスパイだった[1]。

1934年、日米野球のためメジャーリーグ選抜として再来日した。
滞在中の11月29日に大宮球場で開催された試合を欠場して、ジョセフ・グルー駐日アメリカ合衆国大使の娘を見舞うと偽って東京・明石町の聖路加国際病院へ向かい、その屋上から、東京湾内の軍艦、兵器工場、製油所、皇居、工場群、鉄道線路など東京市街一円を16ミリカメラで撮影した[1][2]。このほか、武蔵野、三鷹、田無、保谷、船橋、習志野、川口、松戸も撮影し、これらモーが撮影した映像は第二次世界大戦中の1942年に行なわれたドーリットル空襲の航空母艦からの日本本土爆撃の第一資料として利用された[9][2]。