セリヌンティウスがメロスの頬を殴るのだが、この場面には、ちょっとあやしいものを感じざるを得ない。なにしろ、メロスときたら、満身創痍の傷だらけ、いたるところからダラダラ血を流しているに相違ないのである。そのうえ、素っ裸なのだ。そんな男が上気しながら「頬を殴れ」などと迫ってきたとしたら、たとえ長年の親友であるとしても、ちょっと、タジタジ、となってしまうのが普通ではないか。
それをセリヌンティウスは、一瞬のためらいもなく音高く頬を殴ったあげく、優しくほほえんで自分も殴られ、そのうえひしと抱き合ってしまうのである。正直言って、この場面には、二人の間のアブノーマルな愛情を疑わずにはいられない。男同士で、こんなことしちゃって、いいのかしら、と思ってしまうのだ。
そう考えると、このすぐあとに、暴君ディオニスが、
「わしをも仲間に入れてくれまいか」
というのも、世間一般で言われてるように二人の友情に感動したとかそういうことではなくて、もともと暴君でサディストで変態な王が、自分の生来のそちらの方面の欲望をいたく刺激されてしまった、というだけのように思えてくる。妖しくも狂おしい血と鞭の饗宴、などというよこしまなことを頭に思い描いていたのではないか。年甲斐もなく顔を赤らめているのも、そうした妄想がぽわぽわぽわんと浮かんでしまったからかもしれない。
友情というものがいくら大切なものであるとはいっても、僕としては、こちらの方面には、あんまり関わりを持ちたくないなあ、というのが、正直な感想である。