死ぬ瞬間の心所に注意しなさい
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悟っていないものは「次」を掴んでしまう
輪廻とはこのように起こります
次を掴まない訓練、それが仏教です 今日本に溢れる自殺者ですが彼らは人生なんか嫌だと死んでいきます
人生が嫌なものが次を掴んでしまうのはおかしいじゃないかとみんな思うんですが この人生に対する嫌悪を紐解くと
思うようにならない人生なんかゴメンだ→思うようになる人生が欲しい
となりその心根ではしっかりと次を期待しているのです >>3
それもいいでしょう実際あってもなくてもいいのです
ないならないなりの次が待っているだけです 輪廻とは普遍の魂が別の肉体に乗り移るのではなく
この今の状態からより良い(実際には苦しみしかない)次の状態を期待し変化していく作用そのものなのです
私たちは現在進行形で輪廻のど真ん中にいると言っても良いでしょう お腹が減る(不快)→ご飯を食べる(快)→食べすぎる(不快)→食べるのをやめる(快)→以下死ぬまで無限につづく
輪廻とはこのような作用の集合だと思えば良いでしょう そして肉体と心が滅びるその瞬間、心に次への期待があるのか無いのか
ここが問題なのです 悟っていないものは全員「次こそうまくやる」と念じて死ぬのです
執着とはこのようなものです ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています