植田まさし

世田谷区立奥沢小学校、大田区立大森第七中学校を経て、都立田園調布高校に入学。同級生に後の宗教人類学者となる植島啓司がいた。田園調布高ではラグビー部に入部するが、激しい練習で体調を崩し2か月間の入院を余儀なくされる。
植田はこの時、「みんなと一緒にやる仕事なんかは無理だろうな」として、「自分一人で何かをする仕事」を志望し、手始めにカメラマンを目指し、中央大学文学部哲学科に通うかたわら、大学のそばにあった東京写真専門学院の夜間部に通った。